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ポルターガイスト体験

·16 words·1 min

1972年の夏はとても印象深いものでした。デイトン大学に入学して初めての夏休みで、ブラジルのサンパウロにある実家に帰省しました。皆に挨拶をするため、母校であるメアリー・イマキュレート高校にも立ち寄りました。それ以外は、ある日までは至って平穏な休暇でした。

7月下旬、『パウリスタ新聞』(Jornal Paulista)に、日系人家族が経営する農園についての記事が掲載されました。その記事には、農園で起きている不可解な現象が記されていました。人々の目の前で、物が消えたり再び現れたりするというのです。私の好奇心は大いにそそられ、ぜひ自分の目で見てみたいと思いました。

数日後、父の友人である山田さんが訪ねてきました。彼はとても興奮した様子で父にこう言いました。「陸さん、大変だよ!友人の岡部さんの農園に幽霊が出るんだ!見に行こうじゃないか!」 不気味なものが大嫌いな父は、「いやあ、うちのツグトがアメリカから休暇で帰ってきているからさ。いい土産話になるだろう。連れて行ってやってくれないか?」と答えました。

まさにシンクロニシティ(不思議な偶然の一致)でした! 私はすぐに「いつ行けますか?」と尋ねました。

8月初旬、山田さんと私は彼のトヨタ・ランドクルーザーでポンタ・ポラン(Ponta Porã)へ向けて出発しました。すぐに戻れる短い旅行だと思っていたので、歯ブラシすら持たず、何の準備もしていませんでした。しかし、結局丸一日かかることになりました。途中のどこかで立ち寄らざるを得なかったのですが(場所の名前は覚えていませんが、若い女性たちが歩き回っている置屋のような場所があったのをかすかに覚えています)。

夜の9時頃、ようやく岡部さんの農園に到着しました。ご家族は私達を温かく出迎え、山田さんと私の一夜の宿となる客室へ案内してくれました。

床には布団が二組、隣り合わせに敷かれていました。岡部さんの息子さんに部屋へ案内された瞬間、私達は全員息をのむことになりました。私の布団の上に自転車が1台置かれていたのです。それは、1階の玄関脇の外に停められていた、まさにその自転車でした。

岡部さんはただ微笑んで、「ああ、歓迎してくれているんですよ!」と言い、その自転車を階下へと運び戻しました。

私達は二人とも横になりました。疲れてはいたものの、様々な思いが頭を駆け巡っていました。すると、私の枕元で何かが落ちる音が聞こえました。次から次へと、合計4回。私は起き上がり、明かりをつけました。山田さんも体を起こし、「今の音、聞こえたか?」と訊いてきました。あたりを見回すと、床の上にキャンディが4個落ちていました。

翌朝の朝食の席で、私は岡部さん一家に昨夜起きたことを話しました。すると岡部さんの息子さんが言いました。「ああ、そこにあったんですか!先日、日本領事館の方がお土産を持って訪問してくださった時、箱が空だったんですよ。」本来はキャンディの箱だったはずだというのです。私はどう受け止めてよいか分かりませんでした。するとその時、私の目線がテーブルから卵料理の皿へと移った瞬間、目の前にあった塩振りが突如消え失せました。見上げると、それは屋根の下のトイの上に置かれていました。私はただもう、家に帰りたくなりました。

朝食後、私達をご家族にお礼を言って農園を後にしました。実に不気味な体験でした。

この体験以来、私は異次元からの干渉というものを固く信じるようになりました。それに加えて、聖書に書かれているいくつかの物語も、それほどあり得ないこととは思えなくなったのです。